2013年12月12日木曜日

出雲の覚醒 


いつの頃だったろうか、年始の初詣にオヤジがかならず出雲大社にお参りする、ということがわかってから、自分の父親ながら律儀な男であると同時に、おそらく戦前の教育で習い聞いたであろう皇国史観というものにいまだにしがみついている頭の切り替えのできない男、となかば見下げるような目で見たことがある。

自分の父親ながら失礼千万致したと思いつつも、あの出雲狂いが単なる山陰地方という地域的な特殊性のみからでるものでなく、全国津々浦々の神社ファンがいまなお相当数に上るということに思いを致してみると、日本神国や「日本は神の国である」発言が政治家の不適当発言で済まされるのがなんとなくもったいなく思えてくる。

筆者は、格別信仰にうるさくはないが、それでも世界の三大宗教のなんたるかぐらいは、自分で調べて自分の頭で理解してから、最終的に自分にあった信仰を身に付け、所詮は棺桶の装飾の違いぐらいでしかなくとも、どの棺桶に足を突っ込むべきか自分で決めれば良いと思っている。

 その信仰のなかで、いまだに日本人の相当数を惹きつける神道。そして、その神道のいにしえの源流をなす出雲古神道とかつて存在した出雲王朝。筆者がこれに惹きつけられるようになったのは、つい最近ひょんなことから、現代天皇制と南北朝正閏論の狭間に存在した古出雲神道の流れを示唆されてからである。

それは、古出雲神道というより、古出雲の民俗誌といってもよい。おもえば、少年期・青年期の一部を過ごした山陰の片田舎、近隣の社閣に出かけようとおもえばいくらでも見て回れた、あの山陰の風景、あの景色、あの地方に日本の古代史と、そしておそらくは、日本の現代史をも揺るがすであろう秘められた歴史の力が込められていたことを、今更ながら、この歳で聞き学びすることになろうとは思ってもみなかった。

山陰の片田舎で過ごした学校の夏休み、ある夏の夜、夢の中に現れた夜空からの啓示、あれはなんだったのだろう?出雲を中心とした山陰地方には、いまだに神々の降臨が起きているのだろうか?

この記事投稿は、別途編集されれる古代史探訪の、筆者の備忘録として記しておく。

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